安倍晋三総理の辞任を受けて

皆さん。こんにちは、こんばんは!

 

8月28日(金)夕方、
安倍晋三総理が辞任を表明されました。
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現在は菅義偉官房長官が総理になられて1か月ちょっとになりましたが、政治ウォッチャーの私なので少しだけ「安倍政治」とは何だったのか整理したいと思いブログに投稿します。

 

実は、個人的に安倍総理へ感謝を申し上げたい事があるのです。
私は2015年9月衆議院議員秘書になったのですが、それがちょうど安保法案(今は施行されているので安保法制)で日本社会が大騒ぎしている時でした。

 

そんな時に自分の名刺を持って新任の挨拶回りを地元でしていたのですが、数人から「こんな戦争法案出す党なんか応援出来るわけないだろ!」と目の前で名刺を投げ棄てられたり、破られたりしました😆
ある意味政治の世界の洗礼を受ける形になったのです。

 

でもそのお陰で、朝の駅頭をしていて急に大声で突っかかってくる方にも臆する事なく対応出来る様になった気がします。
最初にガツーンと喰らったので肝が据わったのでしょう。
なので安倍総理には自分に耐性をつけてくれたという意味で感謝してます笑^ ^😆

 

つまらない話はこれくらいにして、、、

 

2006年の第一次安倍内閣の時、私は高校生で野球しかしておらず、政治はそこまで見ていなかった様に思います。見る余裕が無かったが正確ですね。
でも、小泉純一郎元総理の下で安倍氏官房長官をやられていた時にTVで見た颯爽としたというのか、上品なというのか、それに近い印象が何となくですが残ってました。

 

高校・浪人時代で言えば、2009年政権交代が起きた時の麻生太郎元総理が池袋で街頭演説をしていた時たまたま通りがかったのですが、その時の野次馬達の罵声ったらもう、なんだ!?と聞いていて不快になったのを今でも覚えてます。
いい大人がもう下品ったらなんの、思い出すだけでムカムカしちゃう程の罵詈雑言でした。

 

2012年の民主党政権下野へ追い込んだ新しい顔として再登場した安倍総理
私は谷垣禎一自民党総裁がとても好きでしたが、そのバトンを受けて自民党の顔に。
個人的にあの民主党のゴタゴタを見ていてそれが本当に本当に嫌で、大学生の時友人と夜通しそんな話を私の部屋でビール片手にしていた様に思います。
その時が楽しかったなぁ〜。

 

また、脱線してしまった。。

 

日本憲政史上最長政権を確立した安倍総理
国際政治学を学んだ身として、安倍総理の外交理念「​​地球儀を俯瞰する外交」「​​積極的平和主義」は私が学生の頃読み込んだ麻生太郎元総理の外交理念「​​自由と繁栄の弧」の進化版という事でとても評価してます。
↑この本を読んで世界地図全体で日本外交をする事の意味、それを行うだけの力(魅力)が日本は沢山あることを知りました。

 

もちろん理念は理念でしかありませんが、その理念の下堅実な外交だったのではないかと思ってます。

 

上記の安保法制だけでなく、オリンピックの東京誘致の各国首脳へのアピール(アベマリオで登場したり笑)、日米同盟の深化(オバマ大統領を広島へ来ていただき、総理自身が真珠湾へ行かれたのは本当に驚きました)、中国を牽制する意味で東南アジア諸国との防衛協定、英仏とのパートナーシップ協定等外交・安全保障関係は各国の首脳からのメッセージでも分かる通り世界をリードした部分があるのではないかと評価します。
フランスにいる私からすれば、マクロン大統領は元々中国寄りと思われて居ましたので(スケールメリットだと思いますが)、中国の露骨な覇権主義に対して日本と防衛協定を結んだ事に安心しました。日本がフランスのアジア太平洋地域への関与を認めたのは二国間において大変重要な意味をもちますからね^ ^

 

反対に、メディアで言われている疑惑も多々ありますし、アベノマスクはいかがなものかと思ってます。
外交面でも総理ご自身が辞任会見で仰ってましたが、北方領土問題と拉致問題は進展なく終えてしまいました。
中曽根康弘元総理のお言葉ですが「政治家は歴史法廷の被告人である」。
功罪あっての評価です。それはこれから私達国民がしていきます。

 

ここまでつらつらと書いてきましたが、私の理想とする政治家像と安倍総理は大きくかけ離れてます。なので、心の底から応援していたわけではありませんでした。
でも、1年交代でコロコロ総理が変わる日本の政治風土の中で世界の評価を変えた安定的な政権運営は今の時点でも評価出来ると思ってます。

 

安倍総理長きにわたってお疲れ様でした。
お身体をどうかご自愛下さい。

 

*最後に1点言いたい事。
総理の辞任会見での記者さん達、一部芸能人のコメント、野党の某議員の発言を聞いて、政治的・思想的に敵・違うとは言えど何故「お疲れ様でした」の一言も言えないのかな?と本当に不思議に思ったのです。

 

皆さんは↓の話をご存知ですか??

 

 

終戦時の鈴木貫太郎首相が敵国であるアメリカのルーズベルト大統領死去の報を受けて次の様な弔辞をアメリカに出されているのです。

 

アメリカ側が今日、優勢であることについては、ルーズベルト大統領の指導力が非常に有効であって、それが原因であることを認めなければならない。であるから私は、ルーズベルト大統領の逝去がアメリカ国民にとって、非常なる損失であることがよく理解できる。ここに私の深甚なる弔意をアメリカ国民に表明する次第である」
 
と。
ヒトラーも声明を出すのですが、それは鈴木貫太郎首相とは正反対の罵詈雑言だったらしいです。
 
たとえ敵であってもこの様に対応出来るのが日本人だったのではないか?と思わせてくれるエピソードです。
最近は何か偏狭?というのか、他者を受け入れるのを拒む性格の人が多いのではないか?と思う。
反面教師としてその様な大人にだけはならない様にしたいです。

 

皆さんはいかがお考えですか??